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2018年07月05日

ハピネス

またか、と言いたくなるような展開で、惡の華の頃から何も変わっていない。

押見修造の描く人間関係は薄く、人との出会いや関係変化が唐突。どうしてこんなことがきっかけでいじめられっ子といじめっ子が仲良くなるのか。作者の妄想を漫画で体現させようとしているように見えて、薄ら寒い。あと個人的な嗜好であるが、いじめの描写は結構重要と思っているので、このような軽いいじめは陰鬱さを表現させる上で弱いと感じる。この人達高校生でしょ?小学生じゃないんだから。大野が先輩にイジられるシーンも同様。

陰鬱さも画力が中途半端なせいで、重みがあまり感じられない。また、上記の人間関係の薄さから登場人物に感情移入できない。

惡の華を読んだとき、最初は期待していた。バカバカしさと異常性が混ざり合っていたと思う。しかし、後半に行くにつれて異常性だけが独り歩きしてしまった。異常性だけにフォーカスするのならば、異常であるほどいい。しかし、押見修造氏の描く人間の異常性は、人から断片的に聞いた話をそのまま一部だけ見せている様に見える。
快楽目的であっても、金目的であっても、犯罪行為に及ぶ理由がある、その流れが見えてこない。つまり、漫画的な異常描写をしているだけのように見える。ここが、以前書いた「押見修造氏の描く人間の異常性だとか特異性というのが作り物にしか見えない。」という話。
これがリアル?バイオレンス?世の中はもっと無茶苦茶で、異常性のある事件はいくらでもある。それらを見ると伝わるものはあるが、これは漫画であることを考慮しても何も響いてこない。

また、本人が描いていないのか、かなり絵が雑になっている。

さあ、ここからどういう終わりに繋がるのか。そういえば漂流ネットカフェ、惡の華を読んだが、どんなオチだったか覚えていない。
posted by クライシ at 23:36| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月01日

亜人

凄まじいゴリ押しを受けているので読んでみた。

1巻だけ読んだことはあるが、あまりのしょうもなさに挫折してしまった。

特別な人種が研究所で実験台に使われるという展開はもう本当に使い古されたネタで、いまさらこれをストレートに表現するのかと。周辺住民がカネ目当てに通報する様子とか、しかもそれを旧友が助けてくれる展開とか。これが週刊少年ジャンプとかメジャー少年誌でやってたらまだ分かる。しかし、大人はこれを読んで全くワクワクしないだろう。

ただでさえ人権にうるさい日本で、どういう経緯があってこんな実験をしているのか。しかも、実験が何を目的にしているのかさっぱり分からない、ただISISがやるような悪質な処刑にしか見えない。亜人攻略のため、弱点がどこにあるのかとか、有効な攻撃手段を知るための研究ではない。

日本の年間死亡者数が100万人であることから、隠れている亜人が多数おり、ネット上にコミュニティがあって、そこから旧友の携帯電話に連絡が来るという判断が、どういうロジックなのか分からない。しかも都合よく亜人側から連絡が来るという。
まず、年間死亡者数が100万人いるからといって、発生原因が全く分からずたった17年前に発見された存在である亜人が一体何人いるかなんて推測しようがない。しかも、寿命で死ぬか否かも分かっていない(1巻時点で)。さらにこの世界において亜人は、アフリカのアルビノ以上に偏見の目で見られている存在で、ネット上で繋がっていたら100%捕まえられるよね。

これが金を生むと言って見せられたのが、衝突実験で亜人を使う場面。たぶん、これが倫理的に許される世界であれば、普通に人間使ったほうがコスト安いんじゃないかな。例えば不法滞在外国人とか受刑者を使うとか。亜人を利用している事実を隠蔽するのにかかるコストを考えれば、現状のプロセス、ダミー人形や動物を使うのではなく、わざわざ亜人を使うメリットが有るのかと。臓器移植のための臓器を複製するために亜人を利用するとかなら分かる。

主人公が掴みどころがない感じ。微妙な厨ニっぽさが寒い、ココらへんも一昔前の漫画という感じがする。
後々の話で亜人は心がないという解説をされるので、サイコパスっぽさをイメージしたと思われる。器用で頭がよく何でもできる主人公にも関わらず、他人に冷淡で嫌なやつという素が出てしまっているのはどうなんだろうと思う。サイコパスの典型である松永太のように、表は礼儀正しく社交性があり魅力的だが、他人にまったく愛情が持てない人という風にしたほうが良かったのではないだろうか。なぜそう思うのかというと、1巻は友達思いな面全開であるが、3巻から主人公のキャラクターが上記のように変貌する。これは変貌する事象があったわけでもなく、昔からそうだったということらしい。読み返してみてもそうは思えない。だから、表面上は友達思いな面を見せるも、内心はそうではないというアフェクションレス・キャラクターにような描写の方が自然であろう。合理的な判断として他人を気遣わないという言動をしているが、それを言葉にするのは合理的な行動ではない。
で、冷酷なキャラクター振る舞ってる癖に、断頭の話を気にしているのも理解できない。他人が断頭されて再生されたとしても、同じものが再生されるのだから戦略に関係ない話だろう。

亜人を攻略する上で戦闘中、ずっと殺し続けるという作戦を取る。そんな弾の無駄遣いじゃなくて、足とか肩狙って行動不能にしたあと、自殺しないように拘束するのではダメなのか?目つぶしでも行動制限できる。麻酔銃だけでなく、催涙剤とか全体的に政府側がもっといくらでも対応可能なのに、しないのが疑問。あれだけ人が殺されておきながら、本気で戦っているように見えない。

ツッコミどころに関して言うと、これでも足りないくらいネット上に溢れているので気になる方は調べることを勧める。

褒めるとこを言うと、アクションシーンはまとも。演出に関してはそれっぽさが出ていると思う。
posted by クライシ at 20:38| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月09日

ラブロマ

「金剛寺さんは面倒臭い」が面白かったので、とよ田みのる作品を漁ってみた。
とよ田みのるについては一時期「友達100人できるかな」がプッシュされていたので認知していたが、絵柄があまり好みでないので避けていた。
本作はWikipediaでとよ田みのるの代表作となっているが、一時期絶版となっており2012年に小学館から復刻。

内容は超ド直球のラブコメ。ここまでストレートだと清々しい。一般的な恋愛漫画は付き合うまでのプロセスに三角関係とかいろいろ問題が噴出してモソモソするわけだけど、そういった負の感情はほとんどない。少年少女らしい悩みはあるが、どれも微笑ましく描かれている。優しすぎる世界というのはシリアスな漫画において非常に冷めるが、この漫画はそういうものではない。

主人公にとって嫌いな人(バイト先の先輩)は出てくるが、本当に悪い人というのは出てこない。主人公はバイト先の先輩に嫌いであることをはっきり伝え一瞬険悪なムードになるが、すぐに関係は良好になる。「友達100人できるかな」でもそうだったが、馬が合わない相手がいたとしてもすぐに主人公に懐柔される。

本作連載中のとよ田みのるは30代前半。デビューは30過ぎてからと遅く、20代は何をしていたのか知らないが、投稿は落選し続け苦悩もあっただろう。普通ならこじらせてしまいそうだが、よくこのような真っ直ぐな作品を描けたと思う。
話は変わるが、遠藤浩輝は完全にこじらせた側の人間で、だからこそ「きっとかわいい女の子だから」が描けた。あの人は結婚して丸くなったのか、あのようなひねくれまくった心情は影を潜めてしまった。

Amazonレビューを読むと、「友達100人できるかな」では欠点のリアリティがあるが本作にはないというコメントがあった。私はどちらも欠点のリアリティはあまり感じない。小学生だから、バカだから、単純で誰でも友だちになれるかというと、そんなことはなく、どうあがいても親しくなれない人は存在する。相手にどんなに過失がなくても気に入らない人というのはいる。しかもメーターが溜まったら友達で、後は固定なんてあり得ない。「友達100人できるかな」はそのくらい非現実的でハッピーな物語なのである。自分がもし「友達100人できるかな」を描いたなら、主人公は人類滅亡を強く望み、パラレルワールドでは数々の犯罪行為に及び、最終的に人類が滅亡する光景を見ながら射精するだろう。
皮肉でもなんでもなく、こういった作品を本人が面白いと思って描いているというのは凄い。いい話を描いてくださいねと言われて描いているわけではないのだ。

「ラブロマ」を読んでいる時は分からなかったが、「友達100人できるかな」を読んでいて明らかに藤子・F・不二雄の影響を感じた。例えば宇宙人のデザイン、目の描き方、舌を出してウィンクとか、手を顔の前にやる動作とか。ポコニャンらしきぬいぐるみも出てきて確信した。調べてみると最も尊敬する漫画家に藤子・F・不二雄を挙げており、ファンであることを公言していた。

今の時代にここまでドストレートな漫画家は珍しいのではないだろうか。どの作品を読んでも世界が綺麗すぎる。こういう作品を面白いと思うようになったのは、歳をとったからかもしれない。
posted by クライシ at 18:12| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月03日

空挺ドラゴンズ

ジブリっぽい表紙が印象的で手にとって見た。

その印象の通り、ジブリの影響が強い。
作者について調べてみるととっかぶの作者だった。とっかぶは期待していた作品の1つだったが、結局打ち切り。当初期待した以上の話はなかったので、打ち切りで残念という感情はない。

とっかぶはよくあるゆるい青春の日常を描いた作品で、ヒーローに憧れる少女と問題児が特課部という部活で色々する話。
とっかぶの世界はあまりにも優しく、キャラ付けに無理があり鬱陶しいと感じるが、こういう系統の作品は好き。それでも町は廻っているが好きならば、読む気にはなると思う。比較するとクオリティには相当差があるが。


空挺ドラゴンズはとっかぶと打って変わってファンタジーな内容で、ドラゴンを狩って食べる話。

初っ端から気になる点が多く、ドラゴンを狩るシーンは全く動きがないので死体にモリを刺しているかのような作画。これだとガアアという効果音もドラゴンズの悲鳴なのか、風切音なのかすら分からない。

空中海賊に襲われ、ミカが単身で乗り込むシーン。海賊はさっさと銃で撃てばいいのに、何故かいちいち人質に取るかのような行動を取る、それも2度も。その前のシーンで明らかに本人目掛けて発砲しているのに、違和感が半端ない。その後のシーンでは機関銃で発砲しているので明らかに殺意があるにも関わらず、確実に殺せる場面では殺そうとしないという変な行動をしている。これは主人公を助けるための都合のいい流れにしか見えない。

タキタを助けるシーン、なんでわざわざあんな危険な場所で救出しようとするの。村まで帰らせてそこに飛行艇下ろせばいいのに。


作者の個性がないというレビューをよく目にするがその通りで、既視感が半端ない。とっかぶでもそういう描写は多かった。しかし、とっかぶのような青春日常物はそれ町やスケットダンス等いくらでもあるが、空中海賊が出る漫画なんて相当限られているためこちらのほうが目立つ。
また、何か足りないというレビューも多い。心理描写が浅く、作者が何を見せたいのか分からない。とっかぶのような日常ダラダラ漫画であれば、そういう描写できなくても流せるが、ファンタジー漫画でそれが描けないのは相当ネックになると思う。鯨漁がモデルなのだから、もっと漁の困難さとか描かれててもいいと思うが、簡単にドラゴンを捕獲出来てしまうのは物足りない。

グルメ・ファンタジー漫画として見た場合、すでにダンジョン飯があるし、比較するとこっちが劣る。ダンジョン飯と違いドラゴンしか料理できないとなると、これをメインにするのはキツいのではないだろうか。

この作者は作画は上手いので、それで評価されている部分がある。低評価を見ても絵はいいというコメントが多い。これから次第だけど、今のところ勿体無いと感じる。
posted by クライシ at 20:10| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月13日

ゴールデンカムイ

メジャー誌で評価が高い作品はあまり信用していないのだが、これは面白かった。

1話から展開が急。おっさんは日常的に酒を飲んでいて、杉元も砂金掘りをずっとやっていたのだからもっと早く金塊の話を漏らしてそうだが。前作で打ち切りを喰らったので、1話目から杉元のキャラクター説明やこれからの展開をぶっこんだ上で読者の気持ちを掴みたかったんだろう。インタビューでも「とにかく一話目から全力疾走して読者を引きずり回そう」というコメントをしている。当初はシリアスな作品にしたかったようだが、今はギャグ描写が多い。

作者が「もっと変態を描かせてくれ!」と描いているように猟奇的な変態が出てくる。しかし、過剰にデフォルメされているため不快感がない。猟奇的な描写をする漫画は最近いくつもあるが、それらは作者の中で消化できていないため作り物感が強くなる。この漫画の作者はその猟奇的描写をうまくポップに表現している。

巻末にアイヌ関連の参考資料ほぼ1ページまるごと載せているように、物語を描く上で資料集めもよくしている。しかも、史実通りに拘るのではなく、史実にあったかどうか不明な点を漫画というフィクションにうまく入れ込んでいる。不勉強な漫画家はこういった表現が下手なので、例えば進撃の巨人における立体機動装置などというものが存在しているのにも関わらず飛行技術が未発達という奇妙な世界を創り出してしまう。
以前、山本一郎が作品は面白いと断りを入れつつも突っ込んでいる。
https://lineblog.me/yamamotoichiro/archives/2998823.html
作者はそれに反論しているのだが、山本一郎の指摘が理解できないためまともな反論になっていない。
あまりにも酷いのは人類側の知恵の足りなさがむかつくという指摘に対する以下のコメント。
・・・たしかに、巨人は行動が予測しやすいから、考えたことはあるんですよ
落とし穴とか、壁の通路あったら並んでくれると思うから
ギロチン大量に仕掛けて機械的に伐採していくとか…

当時は…考えたけど辞めました・・・何故なら


そもそも人類勝ったらどうすんだよ…
その話面白いのかよ!?

話の辻褄合わせるために漫画って作られてるわけじゃないよな?
どうやったら打ち切られない漫画を作るかだよな!?

これはなろう系に代表されるような"肉の焼き方を知らない異世界人"と同じ発想である。ここで人類の頭を悪くして負けるようにするのではなく、巨人がどうやったら勝てるのか考えるべきではないのか。そこで、作者の思考や知識が問われる。
ゴールデンカムイの作者はその点しっかりしている。このインタビュー記事を見てもこの作者は漫画家として学ぶ意識という大事なものを持っている。特に
自分の経験や妄想で描けてしまう漫画は面白いものになりません。
本物に会って観察して話を聞くほうが本を何十冊読むより身になります。

という言葉。最近の漫画家に欠落しているのではないかと感じる。困ったことにそういうものが欠落した漫画家でも売れてしまうという事実もあるわけだが。妄想でも面白い漫画を描く漫画家も確かにいるが、何らかの知識のバックボーンは持っている。ただのバカがそこだけを真似てもいい作品はできない。

6巻で打ち切りとなってしまった前作のスピナマラダ!は作者が本物を描けると確信していただけあって出来は悪くない。キャラの描き分けが微妙だが、スポーツ漫画にあった躍動感のある絵。ストーリーも打ち切りにしてはうまくまとめてある。乳酸のくだりはあれだけど。

作者のインタビューを読めば分かるが、よくボケる。これは作品にも表れている。個人的にギャグパートは好きなんだが、かなり多いのでこれは好みが別れると思う。
posted by クライシ at 12:54| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

アイアンバディ

ロボットや人工知能がテーマだが、AIの遺電子のように人工知能をダシにしたヒューマンドラマではなく、熱いロボット製作者の話。

4巻で完結しており、あっという間に読めてしまう。たった半年間ちょいの話なので展開が早く、あっさりしすぎ。無駄に伸ばす必要はないが、もう少し試行錯誤する様子や背景が見たかった。特に主人公のやる事なす事がすんなりうまく行き過ぎていると感じる。苦悩のようなものがまだあってもよかったのではないか。

もし今後を描いたとしても、ロボットを相棒にエベレスト登頂を目的としているので、展開が難しいのではないだろうか。なのでこの終わり方は漫画として丁度よかったのかもしれない。
もっと万人受けするような目標だったら長期連載も可能で、上手くいけば宇宙兄弟のようなヒット作品になった可能性もあると思う。作者がそれを望むか分からないが。

描写が正しいかどうか判断できないが、現場の様子が詳しく書かれており雰囲気は十分伝わる。

人物の作画は特に上手くないが、ロボット等のディテールはしっかりしている。最近の作画を見ると人物も上手くなっている。

現実のロボットもここまでできるようになっている。漫画の内容は決して荒唐無稽でなく、ロビンソンは近い将来現実可能ではないかと思わせる。
https://www.youtube.com/watch?v=fRj34o4hN4I


しかし、現実こんな主人公がいたら相当ウザいだろうなあ。
posted by クライシ at 20:41| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

AIの遺電子

やたらと広告で見かけるので読んでみた。

高尚なSFかと思っていたが、コロコロコミックでも読んでいるかのように錯覚させるような漫画。
特にネックなのが絵、これがコロコロコミックっぽさを引き立ててる、下手すればギャグマンガ。男と女の描き分けすらできていない。本人のwikipediaを読んだらコロコロコミック、コミックボンボンをメインで読んでいたらしい。それが影響したとは思えないがこれは相当致命的だと思う。

内容も使い古されたようなネタが多く、新鮮味もない。いくつか九井諒子の短編のような捻くれた見方の話もあったが、概ね予想通りというような内容。前職がIT分野の記者だったにも関わらず、踏み込んだ内容もなく退屈する。

本意ではないと思うが「第16話じいちゃんのGちゃん」はギャグマンガ日和かと思うようなテンポ。絵も含めて笑わせに来てるのかと思うようなシュールさを感じた。

1話完結で読みやすく、決してつまらなくはないが、”四季賞を受賞した漫画家が描いた作品”というハードルを超えることはできなかった。
posted by クライシ at 23:09| Comment(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月18日

きっと可愛い女の子だから

遠藤浩輝の「きっとかわいい女の子だから」をググっているのに、柳本光晴の「きっと可愛い女の子だから」が出てくるから読んでみた。1巻完結のストーリー漫画かと思ったら、短編集だった。

関口さんの主人公は恐らく遠藤浩輝の作品がモデル。髪型も似たような感じでタバコを吸い、名字の関口は遠藤浩輝の方で主人公が好きだった相手の名字。
共通点はそのくらいで他は全く似ていない、作風もクオリティも。君に届けとかあのへんの漫画。
他の短編も同レベルの内容で、正直これと言って書くこともない。砂糖を舐めさせて甘いと言わせるような作品ばかり。

調べてみると、作者のブログが出た。
http://ttt98.jugem.jp/?day=20140912
どうやらこのブログの主張によると「きっと可愛い女の子だから」は遠藤浩輝の短編集と同じく、BLANKEY JET CITYの「悪いひとたち」から取ってきたようだ。歌詞情報によると「可愛い」ではなく「かわいい」が正しいよう、あえて変えたのかどうか分からない。短編集も持ち、EDENも読んでいるので時系列として「きっとかわいい女の子だから」の存在を知らずにこのタイトルを付けたとは考えにくい。昔からBLANKEY JET CITYの「悪いひとたち」から「きっと可愛い(かわいい)女の子だから」というフレーズを抜き出しタイトルを付けると考えていたんだろうか、その可能性は恐ろしく低そうだが。さらにこの漫画にBLANKEY JET CITYっぽさはない。
正直なところ、作品自体に遠藤浩輝の影響があるとは考えづらく、関口さんのキャラクターに遠藤浩輝の影響があったとしてもなんの問題もない。
それはそうとEDENの1巻から3巻までは傑作と書いているのはリアルだよね。この書き方だと後半は傑作じゃないのかとか失礼に当たりそうだから、普通はお世辞でも作品自体を褒めるだろう。本当に1巻から3巻までは傑作と思っているんだろうね、同意するけど。

今、改めて遠藤浩輝の「きっとかわいい女の子だから」を読んだが素晴らしい、何度でも読める。この漫画はこういうコンセプトの漫画ではないので比較してもしょうがないが。

絵柄が橋口隆志に似ているというコメントを見たが、なんとも。橋口隆志からいろんなもの減らして劣化させれば似てるかもしれんが。以前、記事で書いたバイオレンスアクションが浦沢直樹に似ているというコメントを見たこともあるが、これもなかなか酷い例えだと思う、ほとんど似ていない。どちらも例えられている漫画家のほうが上手いという。

「きっとかわいい女の子だから」をググってこの作品が出てくるのは一種のサジェスト汚染だと思いました。
posted by クライシ at 01:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月16日

バイオレンスアクション

何だこれ、とりあえず超強い少女が無双する漫画です。

この手の主人公にありがちな、屈折した感じはない。CANDY & CIGARETTESの記事逆に表も裏もなく、昼間のテンションで子供らしく無邪気に殺人行為すれば面白い。と書いたが、これに近いかもしれない。

主人公がなぜ超人的な身体能力を持ち、銃の扱いに慣れているのか現時点で謎。他にも良く分からないところがたくさんある。これからの展開はどうなるか分からない。下手にシリアスにすると違うものになりそうだし、恐らくリアルなのは描けない。謎は謎のままにしたほうがいいこともある、変にツッコミどころを与えてしまうから。

絵は中途半端に下手だったが、段々上達している。

ザ・ファブルに近いというレビューを見た。ファブルは確かに人間離れした身体能力しているが、人間らしさがある。ファブルが100mを10秒5ぐらいで走るとすれば、彼女は5秒で走ってしまうようなものなので、人間離れとかそんなんじゃなくて人間じゃない。他にもファブルは頭を使って人を殺すが、そういうシーンはない。他にも全然違う。

世界観は面白いと思うが、Amazonのレビューなどを見ても絶賛されてるほどだとは思わない。少なくとも2巻まで読んで肝心のバイオレンスアクションに見どころはない。ただ、2巻の最後はこれから面白くなるかもと期待されるような雰囲気。
posted by クライシ at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

CANDY & CIGARETTES

よくある少女が銃で敵をなぎ倒していく漫画。

少女の殺し屋という設定は好きなんだが、自分があまり知らないのもあって読み応えのあるものが存在しない。この作品であれば少女は普段は小学校に行き、週末は友達とダンスを練習するような可愛い女の子が、裏では冷酷な殺人者。というのを描きたいのだろうが、少女の闇の部分が薄っぺらすぎる。

少年少女の葛藤を描くのなら今ではいくらでも参考になるものがある。少年少女による殺人行為というと、現実に少年兵が存在する。少年兵というと無理矢理脅され、薬物などを投与され戦争の被害者としてフォーカスされることが多いが、復讐のために志願する者もいる。彼らは戦場で私達が想像する以上の残虐行為を行っている。以前、少年兵のドキュメンタリーで少年兵が〜人殺したと自慢げに語るシーンはどんなフィクションよりも興奮した。この漫画にそういうシリアスなものを要求するのは酷かもしれないが、おままごとを見せつけられているような気分になる。

復讐のきっかけとなる両親殺害事件、金平局長の詰めが甘すぎないか。わざわざサプレッサー付けて両親殺害してるのに、子供逃がすって意味分からんぞ。しかもあんだけ大人数で来といて強盗殺人は無理がないか、あとから来た仲間はサプレッサーも何も付けずに銃で撃とうとしてたし。辺りの住人からすればどう見ても不審だろう。主人公が両親殺される前からカッター持ち歩いてんのも意味分からん。

コッペリオンは廃墟と化した東京を行く女子高生をプロットに描き上げいた。この作品もこういう風景にこういう人物を描きたいというところから来てると思う。だから悪役がベタだとか、ディテールが下手とかはもうしょうがない。

絵柄は好きだが、シリアス調に向かない。

コッペリオンで「少年ガンガン」ないしは「コロコロコミック」であれば丁度いいというレビューを紹介したが今回もそう。
Amazonの高評価のレビューを紹介すると
展開は王道のクライムアクションで荒唐無稽ですが、その一方で圧倒的に読み易く、そしてテンポ良く物語が進んでいきます。ある意味、非常に漫画らしい漫画と言えるでしょう。昨今、ニッチ過ぎる題材や奇をてらい過ぎて失敗してしまっている漫画が多い中で、「これでいいんだよ、これで。」と思うような満足度の高い内容でした。
これでいいんだよ、これで。と言うのは前回のコッペリオンで紹介したレビューとほぼ同じ。これはもう作者がそういうものしか描けない人ということ。

痛快の王道アクションと見れば読める。変なシリアスシーンは描かないほうがいいかもしれない。逆に表も裏もなく、昼間のテンションで子供らしく無邪気に殺人行為すれば面白い。一般受けは絶対にしないだろうけど。
posted by クライシ at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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